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【南あわじ市:3年間の軌跡】(4)「自分も、子どもも、どう楽しむか」市民先生の思い

行政協働

放課後NPOアフタースクールは2019年より兵庫県南あわじ市の放課後事業支援を行ってまいりました。地域の皆様とあゆみを重ねながら4年目を迎えた現在、南あわじ市の放課後の変化を地域の方々と実感することが増えてきました。今回、四国エリアで活動されているライターの中村明美さんにご協力いただき、南あわじ市の放課後を取材。全6本の記事をご寄稿いただきました。南あわじ市の放課後に起きたことをぜひ多くの方にご覧いただき、放課後の時間が持つ様々な可能性を感じ取っていただけたら幸いです。


4:「自分も、子どもも、どう楽しむか」市民先生の思い

アフタースクールの大事な特徴が「市民先生」の存在。地域に住む方々が今、続々と本物・多様な体験を子どもたちに届ける役割を担っています。南あわじ市のアフタースクールでは「まちの先生」と呼ばれながら、7校で多彩な方々が活躍中。中には、プロ棋士の方まで!果たして、どんな思いでみなさん、ご活動されているのでしょうか?

特集記事 目次:
1:自治体直営の学童保育をアフタースクールへ !モデル校第1号の現場から
2:「放課後が、楽しい!」子どもと保護者の思い
3:「スタッフが、前よりも自分らしくなった」モデル校第2号、広田スタッフ
4:「自分も、子どもも、どう楽しむか?」市民先生の思い←今ここ
5:子どもたちが行きたい、楽しいと思える放課後にしたい。市役所職員の思い
6:スペシャル対談「南あわじ市、学ぶ楽しさ日本一!」市守本市長×放課後NPOアフタースクール 平岩代表

今回お話を伺ったのは、まちの先生とアフタースクールをつなぐ「コーディネーター」として働く天野弥生さん。


左から、天野さん、藤崎さん

プログラミングの「まちの先生」藤崎耕平さんと天野さんのお話に加えて、将棋の「まちの先生」からは、指導棋士四段(元奨励会三段)の桝田悠介さん、それぞれの地域でアマチュア将棋教室を主宰しておられる川井達夫さん、吉井壤さんにもインタビューさせていただきました。


左から川井さん、吉井さん、オンライン画面の中が桝田さん

まずは、コーディネーター天野さんの簡単なご紹介から。コーディネーターは、まちの先生になっていただける方を探したり、まちの先生とアフタースクールをつなぐ役割なども担います。
天野さんは、もともと放課後子ども教室でスタッフとして働いていました。2019年にアフタースクール事業が始まるときから、コーディネーターに「はーい!」と手を挙げたそう。
天野さんは「放課後子ども教室の時は週3の勤務でしたが、コーディネーターになって、毎日の勤務に。学校が大好きだったので、毎日できるんだ!と言う感じで、嬉しくて」というスタートだったそうです。

天野さんたちは、藤崎さんや桝田さんたちとアフタースクールを繋ぎ、子どもたちが毎日、楽しみに通う、まちの先生の「プログラム」を組み上げていったのです。

そんな天野さんに藤崎さんのプログラムの印象を伺いました。
天野さん「普段、やんちゃなことやっている子たちも、藤崎さんのプログラミングの時に図書室に入ると、すごい変化をするんです。静かに集中しているんですよ」と本当に嬉しそうに話しています。

藤崎さんは、大阪出身。教員養成大学で、情報の部署でシステム管理者をやっていました。そのため、義務教育にプログラミングが導入されることは初期の段階から把握しており、部署の仲間とプログラミング教育について学生にどう教えていくかをよく話し合っていたそうです。つまり、子どもへのプログラミング指導という点においては、知識も経験も豊富な方なのです。地域おこし協力隊で、淡路島へ来られて、そのまま定住されました。IT関連のご本業の傍、「まちの先生」として子どもたちの指導もしてくださっています。

藤崎さんがアフタースクールで気をつけていることは「自分が楽しくないとやっていけないので、自分が楽しみながら、どれくらいできるか?」という点なのだそう。天野さんは「藤崎さんのプログラミングを教え始めるときの導入が、本当に面白いんですよ」と仰るので、藤崎さんにその内容を聞いてみました。

「最初、子ども同士でペアを作り、1人をロボット役に、1人をロボット役の子に動きを指示する役になってもらうんです」

そして、指示役は「歩く」という行為を言葉で分解して、ロボット役の子に説明するのだそう。
「右足を上に動かす」→「右膝から下を前に動かす」→「右足を地につける」など、「歩く」という無意識で行っている行為も、数多くの動きが組み合わさってできていることがわかってきます。その言語化がまさにプログラミングで必要な感覚。指示がうまくいかず転んで笑ったり、とまっちゃったりするロボット役も多発するプログラムですね。確かに、やっている方も、見ている方も、楽しそう!

アフタースクールで、プログラミングに1年生から親しんできた現在の3年生は、タイピングの練習もやっているためブラインドタッチができる子がいるとか。卒業した6年生は、マインクラフトというゲームを使って、八木小の3Dモデルを作ったそう。

藤崎さん「ここ保健室、トイレも蓋開けて水が流れるようにしたり。図書室も印刷室みたいにしたり。池まで再現していました。魚も入れて。知っている子は、知らない子に教えてあげられる。それはそれで面白いことですね」
天野さん「八木小のモデルに、雨を降らしたりもしてましたね。あんなことを子どものうちから体験できるってすごい。むちゃくちゃ贅沢な環境です」

天野さんは、学校の先生との関係も教えてくださいました。
「学校の先生方が見にきてくれることがあって、先生の方がそこまでできるの?と驚いてましたね。先生も、アフタースクールにいる時は、学校での顔と違う表情をなさるんですよね」

学校のプログラミングとは違って、アフタースクールでのプログラミングは、どんな指導をしているのでしょうか?
藤崎さん「資料を提示してみんな同じことをやっていくのは、楽なんですけどね。小学生は集中できる時間も、興味も違う。プログラミングを一方的に教えるのではなく、個々が作りたいものをサポートする形でいつもやっていますが、それは学校じゃできないスタイルなのかもしれまん。子ども一人一人に合わせようとする方がいいと思っています。学校じゃできないスタイルかもしれません。学校だとスタートとゴールが決まってるけれど、僕はあまり考えていません。その日、アフタースクールに来てから、子どもたちのその日の感じで決めていく。アフタースクールのこの時間、この空気の中でしかできないことだと思います」

天野さんは「藤崎さんの考え方を聞いていると、いつもアフタースクールのあり方ってその通りだなと思うんです」と語ります。
藤崎さんのプログラミングの時間だけ通う子もいるのだそう。自由な通い方ができるのもアフタースクールならではですね。

さて、次は、将棋の「まちの先生」にお話を伺いました。こちらも天野さんが、才能ある皆さんとアフタースクールを繋いでいます。

淡路島出身で大阪在住の指導棋士(元奨励会三段)、桝田さんは、「淡路島で年1回、タイトル戦がある際に会場で毎年天野さんにお会いしていました。もともと、自分が子どもの時に将棋の勉強をしたかったけれど、勉強できる環境が全くなくて困った経験がありました。だから、地元で将棋を普及できたら一番良いなという思いは昔からずっと持っていたんです」

天野さん「ぜひ桝田さんに、アフタースクールに来て欲しいなと思っていたんです。子どもたちには近い年齢の方というのも大きいなということもあって。私は、3歳の子と80歳の人が盤一つを囲んで対戦できる将棋がとても好きなんです。子どもたちに広めたいという思いがありました」

お二人の思いがスタートラインとなって、贅沢な将棋プログラムという環境が整い始めたようです。天野さんは地元の将棋道場を主宰する吉井さん、川井さんにも「まちの先生」を依頼して、いよいよ、広田小、湊小での将棋プログラムが始まったそうです。
吉井さんは「将棋講座の実現は、天野さんがとても将棋が好きで、その熱意があったからだと思います」とおっしゃいます。さて、各校では、どんな風景が展開しているのでしょうか。


川井さん「『礼にはじまって礼に終わる』というところを教えたいなと思っています。最初、対局が始まる時に、『お願いします』という言葉が出るまで絶対始めない。負ける時は、駒台の右手に手を置いて『負けました』と礼をして終わろうという。負けた悔しい気持ちをグッと堪えて、プロも、負けましたという姿勢がたまらなく好きなんよ、と伝えていますね」

吉井さん「将棋のいいところは、考えるところ。三手先を読めと教わります。プロは100手先も読みます。考える力が大切。子ども達にとって何かを深く考えるという環境が今の時代は、少ない。もっと考えたら、もっといいものが出てくるんではないかと思っています。考える環境を、アフタースクールで与えてあげたいなと思っています。子どもたちは、意外と勝ち負けに拘って負けたら泣くんですよ」とニコニコしながらおっしゃいます。

桝田さん「将棋は、ルールを覚えるのが大変なゲーム。最初は、子どもたちは硬くなっていました。集中力が切れている子が多かったですね。でも3ヶ月ぐらい経った時には子ども達から『やりたい』と言ってくるようになりました。回数を重ねるごとに、将棋をしたいという気持ちが伝わってきて。今は盤の前に張り付く感じで、勝っても負けても楽しそうにやっていますね。興味持ってもらえたのかなと思って嬉しくなります」

その中でも「将棋をしたい!」という思いが募る子たちは、自ら行動に移しているようです。
吉井さん「私は、広田の公民館で『広田子ども将棋道場』を月1回19時からやっています。アフタースクールの将棋に熱心な子もこちらに3人ほど参加してくれています。『アフタースクールでは時間の制限があるから、強くなりたい、もうちょっと将棋をしたい』という子たち。そういう場が必要じゃないですか。淡路島の将棋大会で上位に行くような子もいたんですよ。しっかり考えるようになっているように思うんですよね」

桝田さん「色々な生徒さんがいる中で、見た瞬間にセンスがある子もいるんです。ちょっと教えただけで、すぐに飲み込む子もいますね。そういう子は、どんどん強いところ、島外に出て勉強してもらえたらと思います。淡路島でプロ棋士が出てきて欲しいですね。中にはもったいない子もいますね。もうちょっと携わってあげれればという子もいるんですよ」

川井さんも「大会があったら励みになりますもんね。何かのきっかけで子どもの大会を開いたりもあってもいいですよね」と提案なさっていました。

天野さんは「アフタースクールに来ている、子どもたちの成長の速さには、びっくりしています。アフタースクールで体験したことが、大人になって、『あれやったな』といい思い出になるのもよし、『あれやったから今の仕事があるな』というのもよし。とにかく、体験をしてほしい!と思っています」とも話しています。

色々な「まちの先生」たちに育まれて、南あわじ市7校のアフタースクールの子どもたちは心も才能もどんどん育っているよう。何年後かには「アフタースクールがきっかけでプログラマーになった卒業生」や、「淡路島出身プロ棋士」誕生の未来も想像できそうです。
さて、次回は、このアフタースクール事業を支えて来られた市役所の担当職員の皆さんにお話を伺っています。「放課後NPOアフタースクール」とともに新しい事業を立ち上げ、広げて来られた熱い思いのあるみなさんです。

文:中村明美

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