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【南あわじ市:3年間の軌跡】(5)「子どもたちが行きたい、楽しいと思える放課後にしたい。市役所職員の思い」

行政協働

放課後NPOアフタースクールは2019年より兵庫県南あわじ市の放課後事業支援を行ってまいりました。地域の皆様とあゆみを重ねながら4年目を迎えた現在、南あわじ市の放課後の変化を地域の方々と実感することが増えてきました。今回、四国エリアで活動されているライターの中村明美さんにご協力いただき、南あわじ市の放課後を取材。全6本の記事をご寄稿いただきました。南あわじ市の放課後に起きたことをぜひ多くの方にご覧いただき、放課後の時間が持つ様々な可能性を感じ取っていただけたら幸いです。


5:子どもたちが行きたい、楽しいと思える放課後にしたい。市役所職員の思い

特集4回まで見てきたのは、アフタースクールで、現場で直接、子どもたちと接する皆さんや保護者、子どもたち。このアフタースクールを南あわじ市の小学校に導入することを企画・実行してきた市役所の皆さんは、どんな思いだったのでしょうか?普段は、裏方の皆さんに、アフタースクールへの思いを伺ってみました。子どもたちが生き生きと放課後を楽しむ背景には、想像以上に熱い思いで子どもの環境に向き合う市役所側の思いがありました。

特集記事 目次:
1:自治体直営の学童保育をアフタースクールへ !モデル校第1号の現場から
2:「放課後が、楽しい!」子どもと保護者の思い
3:「スタッフが、前よりも自分らしくなった」モデル校第2号、広田スタッフ
4:「自分も、子どもも、どう楽しむか?」市民先生の思い
5:子どもたちが行きたい、楽しいと思える放課後にしたい。市役所職員の思い←今ここ
6:スペシャル対談「南あわじ市、学ぶ楽しさ日本一!」市守本市長×放課後NPOアフタースクール 平岩代表

南あわじ市役所でアフタースクールを担当しているのは、教育委員会体育少年課。アフタースクールの立ち上げ時期を主に担当した秀充浩さんは2002年度から学童保育に関わってこられました。現在は教育総務課におられます。

柏木映理子さんは2018年度、学童保育の担当、冨山裕貴さんは放課後子ども教室の担当として体育少年課に異動。その直後から、放課後改革の検討が始まり2人はアフタースクールを担当しています。

実は、アフタースクール導入以前から、南あわじ市が掲げる「学ぶ楽しさ日本一」の実現に向けて、「放課後を変えたい」という思いがあったようです。
秀さん「『放課後を改革した』というよりも、『元に戻した』というイメージなんですよ。それまでは『遊びの時間の子ども達の見守りが大変』ということで、子どもたちの遊びの部分を減らしていった20年間でした。でも、放課後を子どもたちの手元に戻したいという思いから、設計をしてきたんです」

確かに20年前、2000年ごろの子どもたちの環境と、現在の環境は、大きく変わってきたかもしれません。さまざまな事件・事故が発生し、日本中が「安心・安全」であることに敏感になり、子どもの行動範囲も限定されるようになった20年でした。学童保育と放課後子ども教室の両立についても課題がありました。

当時、南あわじ市では学童保育を13か所、放課後子ども教室は4か所で実施していたそうです。国の施策によって、児童福祉と教育が一体としながら、子どもたちが地域で多様な体験や学びができる居場所づくりを推めよう、という動きが進んでいる中でした。学童保育と放課後子ども教室との一体型も、議論の俎上に上がっており、同課は2018年度から徐々に学童保育を少しずつ変化させていきました。まだ、アフタースクールに出会う前から、英語遊び、映画作り、防災教育など、学童保育に「体験プログラム」を導入していたのです。

秀さん「体験プログラムを導入し、『こういうことをしたい』という人がいたら、どんどん好きなことをやってもらいました。『好きなプログラムなんてできません』という意見が出たら、話を聞きにいって。その学童保育には、英語の先生の免許を持ったスタッフが何人かいたので、『英語遊びをしてみては?』と提案させてもらったりもしましたね」

映画を作りたいという学童では、小型のビデオカメラで、子どもたちが取材からCATVの番組作りまでを実現したそう。子どもや大人の「やりたい」という思いを実現するところから学びがある姿は、アフタースクールに近い形だったのかもしれません。

そんな2018年度の半ば。放課後事業のあり方を模索していた中で、柏木さんがネット上で「放課後NPOアフタースクール」のHPを発見!なんと、同時期に別の担当事業での東京出張先の近くに「放課後NPOアフタースクール」事務局があることが分かり、急きょ連絡を取りました。南あわじ市が目指す方向性に共感することが多かったことから話が進み、その訪問がきっかけで南あわじ市でのアフタースクール運営支援が決まったのです。秀さん「当初は、5年間で全部、アフタースクール化したいという計画だったんですが、タイミングを見て、1年目は1校、2年目は2校と次第に増やしていくことにしました」。そして4年目の今は市内全15校のうち7校までアフタースクールになっています。

体制を変えていくのは、それでも大変だったのではないでしょうか?
冨山さん「支援員さんたちとの調整が大変だった部分がありましたね。現場で子どもたちを見てきた学童保育支援員たちは長年のやり方があるから、そこをほぐしていくのに時間がかかりました。放課後子ども教室のスタッフも同じ。現場も僕ら市役所側も、お互い歩みよる必要があったんですが、最初は、噛み合わなかった点がありましたね」

学童保育は、子どもの見守りが前提の事業。「アフタースクールはあまりにも自由すぎないか?」という疑問が特に学童保育支援員たちの中にあったようです。

秀さん「アフタースクール実施に向けて、前年度に学童保育支援員や放課後子ども教室のスタッフの面接を実施し、意向を踏まえた上で人員配置をしました」
冨山さん「学童保育支援員と、放課後子ども教室のスタッフが同じ現場に立った。スタッフの皆さんの立場から考えたら、やることが増えて、子どもも増えて大変だったと思います。でも、『今、目の前をなんとかせんと』という思いと共通の意識もあって、全く別世界のところにいた人たちが、協力して行ったんだと思います」

2019年度からモデル校となった1校目の八木小学校区のアフタースクール八木は、自由な時間が多いのが特色。2020年度からの2校目、3校目となった広田小学校区、湊小学校区ではアフタースクール八木の見学をしながら、何回もミーティングや、研修を繰り返し、方向性を模索しました。
行き着いた先は、「学童保育のいいところ、アフタースクール八木のいいところを取り入れながら、広田、湊のいいところを生かしていくという方法」(冨山さん)。

そして、7校まで拡大した今、スタッフの人がたまにポロッと言うそうです。
「自分と過ごした時と子どもの様子が違う!(笑)」
「こんなん教えてもらえてええなぁ…」

柏木さんは「スタッフのみなさんも体験プログラムの準備や調整は大変ですが、プログラムを通じてこういう経験ができて嬉しいという感覚があるのだろうと思います。研修会やミーティングでも、『まず、大人が楽しむ姿勢でいることが大切で、大人が楽しまないと、子どもも楽しめないのでは?』と伝えているんです。本当に、そう思いますね」と話します。

ところで、各小学校の先生方との関係はどうでしょう。

冨山さん「ついさっき、学校の先生から紹介を受けました。『地域にこんな人がいます。プログラムに来てもらったら子どもたちは喜ぶと思うんですけど』って」

柏木さん「フラダンスのプログラムでは、教頭先生も一緒に楽しそうに踊っている学校もありましたね」
学童保育支援員、放課後子ども教室のスタッフ、小学校の先生方までも、次第に巻き込み「子どもも、自分も楽しい」という時間にしつつあるアフタースクール。最後に、保護者に向けてのメッセージを伺ってみました。

秀さん「仲のいい子同士だけじゃなくて、異年齢、多世代、色々な子と仲良くなれるのが魅力ですね。それから、今まで、都市部なら当たり前でも南あわじ市ではなかなかできなかった習い事などが、アフタースクールでは日常で体験できるんです」

柏木さん「アフタースクールでは、普段、仲のいい友達とそうでない友達とも学校や家庭にはない、珍しくて楽しいことが体験できる時間。「まちの先生」や学童保育支援員、スタッフたちと一緒に楽しむ姿も見られます。子どもたちにとって、アフタースクールで体験したことがこれからの人生の中で何かのきっかけになれば、嬉しいと思います」

特集も5回と回を重ねるにつれて次第に南あわじ市のアフタースクールの魅力が具体的に分かってきました。さて、次回はとうとう最終回。
南あわじ市長 守本憲弘さんと、放課後NPOアフタースクール代表理事 平岩国泰さんのスペシャル対談です。リーダー2人がどんな思いで、子どもたちの放課後、教育の未来像を見ているのか?ご期待ください。

文:中村明美

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