Interview

私×放課後

No.12

Update : 2020.12.18

Mika Ikemoto 池本美香 日本総合研究所 調査部 上席主任研究員

子どもの力を信じて
「大人のいない放課後」を

やりたいことがあれば乗り越えられることって
たくさんあるんですよね。
本人の「やりたい」という気持ちが学びにつながる。
大人が常時貼りついているんじゃなくて、
困った時に助けてくれる人がいれば
いいんだと思うんです。

池本美香Mika Ikemoto日本総合研究所 調査部 上席主任研究員

1989年日本女子大学文学部卒業。三井銀行(現・三井住友銀行)入行後、三井銀総合研究所への出向を経て2001年より現職。研究・専門分野である子ども・女性政策(保育、教育、労働、社会保障等)を中心に調査研究や提言等を行っている。著書に『失われる子育ての時間』、編著書に『子どもの放課後を考える』『親が参画する保育をつくる』がある。

聞き手
手塚 雅子放課後NPOアフタースクール 現場責任者

木登り、読書。
アットホームな放課後

手塚池本さんは子どもの頃、どんな風に過ごしていらしたんですか?

池本1学年が20数人の、ごく少人数の小学校に通っていました。私立の小学校だったので友達の住まいが離れているんです。ですから放課後はみんなで学校に残って遊んでいました。学校の裏に森があって、そこで木登りしたり、体育館の舞台の下にもぐれるところがあるのを発見してもぐったり。結構自由に遊んでいたように思います。少人数なので、他学年の子達とも一緒になって遊んでいました。

手塚家ではどんな風に過ごされていましたか?

池本宿題もほとんど出なかったので、のんびり過ごしていましたね。妹と遊んだり、台所に行って母の隣でつまみ食いしたり(笑)。あとは本を読んでいました。『怪人二十面相』のシリーズが好きでした。

手塚アットホームな環境で育ってこられたんですね。

池本そのせいか、娘が小学校に入った時に、自分の過ごした環境とあまりにも違っていることに驚きました。娘の学校はとにかく人が多くて、休み時間の校庭も人と人との間をぬうようにしてワーワーと遊んでいるんですよね。宿題もびっくりするくらいたくさん出ますしね。一体どうなってるの?と、愕然としました。

手塚たしかに今の子ども達の生活には、空間的にも時間的にも余裕がありませんね。池本さんが教育問題に関わっていらっしゃる背景には、ゆったりした環境で過ごしてこられたご自身の体験と、今の子ども達を取り巻く状況とのギャップがあるんですね。

池本さんの意外な子ども時代のエピソードから現在の関心ごとまで幅広く伺いました

自分たちが
心地よく生活するために
ルールをつくる

手塚池本さんは海外の事例をよくご存知ですが、日本の教育との大きな違いを感じるのはどんな部分ですか?

池本子ども達の声を尊重する姿勢については、特に大きな違いを感じます。たとえば、フィンランドでは学童保育のルールを子ども達で話し合って決めているそうです※1。「みんなが心地よく過ごすためにどんなルールが必要か」というテーマで話し合って、決めたことを紙に書き出して、話し合いに参加した子がサインして壁に貼る。自分たちで作ったルールだということを明確にしているんですよね。

手塚ドイツでもそうだと聞いたことがあります。みんなでルールを決めて、それが守られなかったらどうするかも含めて話し合うのだそうです。

池本海外の放課後施設ってとても素敵なんですよね。カラフルなカーテンや木の家具、照明など、あたたかみのある雰囲気で。カーテンや壁紙などを、子ども達の意見を聞いて選んでいるところもあり、そういう施設が良い施設だと評価されていました。そこで過ごすのは子ども達だから、子どもの意見を聞くべきだと。「自分にとって心地いいものを選択する」というのも大事な能力ですよね。ところがそれが日本だと、頭ごなしに「キャラクター文具はだめです」という風になってしまう。他人に決められたことを我慢して受け入れるトレーニングばかりされているように見えます。

手塚キャラクター文具を使うかどうかも自分たちで話し合って選択できればいいですよね。初めから与えられたルールに従うことばかりしていると、子どもたちがいろいろなことに疑問を持たなくなっていくように思います。

池本それで大人になって選挙権が与えられてから急に「あなたの意思で選んでください」と言われても、無理がありますよね。選んだことも、自分の意見を持ったこともないわけですから。

※1 石橋裕子・糸山智栄・中山芳一著『しあわせな放課後の時間 ~デンマークとフィンランドの学童保育に学ぶ~』

「聞かれる」体験が
自分や周りへの信頼感を育む

手塚わたしはアフタースクールの現場スタッフをしているのですが、子ども達に「こういうことをやってみようかと思うんだけど、どうかなあ」と聞いてみても、なかなか答えが返ってこないんです。「わからない」と言われてしまいます。日本の子どもたちは、自分の思ったことを言う機会が少ないのではないかと感じるのですが。

池本以前、海外の保育園の様子を紹介するビデオ制作に関わったのですが、その時、1歳ぐらいで言葉もよく話せない子に「あなたはどの歌が歌いたい?」って保育者が聞いているんです。それで、「ばーば」って返事が返ってくると、「ああ、あなたはこれが歌いたいのね、じゃあ歌いましょう」と(笑)。

手塚それはすごい。徹底していますね。

池本そうやって「自分の意見を言っていいし、周囲はそれを受け止めてくれる」という体験を、本当に小さな頃から積み重ねていっているんです。そうしていくと、自分や周囲に対する信頼感が育っていきますよね。自分が意見を言うことで現実が変わったという体験は、自己有用感を育みます。

手塚日本の子ども達の世界では「何かができる」ということが重視されすぎているように感じます。しかもその「できる」は、学校や大人にとって価値のあるものに限定されています。そういった大人からの評価ではなく、自分の意思が尊重される体験がもっと必要ですね。

池本それに、自分の話を聞いてもらえたら、安心して相手の話も聞けるんです。日本の教育においても近年コミュニケーション力が重視されていますが、それにはまず子どもの声を聞くことから始めることが大切だと思います。

その子にとっての
心地の良さにフォーカスする

手塚放課後の子ども達の様子を見ていて、印象に残った出来事があります。他の子ども達と接することの少なかった子が、とあるプロジェクトを「自分でやってみたい」と決めたとたん、あちこち動き回って、アンケートをとったり、話を聞きに行ったりし出したんです。

池本やりたいことがあれば乗り越えられることってたくさんあるんですよね。本人の「やりたい」という気持ちが学びにつながる。

手塚子どもの「やりたい」という思いに沿った選択肢が、もっとたくさんあるといいですよね。みんながみんな同じ部屋で同じことをしなくてもいいと思うんです。

池本子どもの権利条約の中心は「ひとりひとりに最善の環境を」という考え方です。日本では浸透に時間がかかっています。いかに全体に合わせるかではなく、多様な子どものニーズに対応できる環境を用意する必要があると思っています。

手塚まずは大人が、「この子にとってどうか」という視点をもつことが大事ですよね。保護者のかたとも、その視点で一緒に選択していきたいと、いつも思っています。

池本放課後に、いろんな場があるといいですよね。集団で過ごすのが好きな子もいれば、ひとりで過ごしたい子もいます。やりたいことも人によって違います。居心地のいい過ごし方って、子どもによって本当にさまざまです。「子どもはみんなボール遊びが好き」なんて、そんなわけありません。その子にとっての心地良さにもうちょっとフォーカスしたほうがいいと思っています。

子ども一人ひとりに寄り添える放課後をそれぞれの立場でつくっていきたい

「大人のいない放課後」を
提唱していきたい

池本「大人の目が多すぎる」というのもいいことばかりではないですよね。何をしていても大人がずっと見ているというのは、管理の面では安心でも、子どもの側からすると、ちょっと息がつまるんじゃないかと思うんです。

手塚実は、アフタースクールでも子ども達を見ながら「これだけ大人に見られながら遊ぶってどんな感じなんだろう」と思うことがあります。

池本今、子どもだけで遊ばせるのを怖がる大人が多いですよね。家で友達同士で遊ぶことすら、「うちの子が何かしてしまっては大変だから」と拒否反応を示す保護者もいます。トラブルを避けたいがために、大人が子どもを信じて任せることができない。

手塚そうなると、子ども自身も自分の力を信頼できなくなりますよね。アフタースクールでも、小さなトラブルなのに、すぐにスタッフを呼びに来る子が多いです。でも本当は、自分たちで解決する力をもっているはず。

池本実はわたし、「大人のいない放課後」というのを提唱していきたいと思っているんです。

手塚「大人のいない放課後」ですか!面白そう。

池本大人が常時貼りついているんじゃなくて、困った時に助けてくれる人がいればいいんだと思うんです。たまに様子を見に来てくれる人がいるとかね。そういう仕組みをつくれないか、考えているところです。
放課後NPOアフタースクールは、子どもの力を信頼してさまざまな取り組みをされています。そういう事例をたくさん発信していってほしいですね。

手塚そうですね。もっとたくさんの人に、子どもの本来もっている力や、力を発揮するための取り組みについて知ってもらいたいと思います。今日はお話を聞かせていただき、ありがとうございました。