Interview

私×放課後

No.10

Update : 2020.1.6

Kazufumi Nagai 永井一史 株式会社HAKUHODO DESIGN 代表取締役社長

「困難を通じて
本当の『好き』が
見えてくる」

いちばん大事なのは、続けることだと思います。
子どものうちに大変な道を通る経験もしながら、
「好き」の種を見つけていってほしいと思います。

永井一史Kazufumi Nagai株式会社HAKUHODO DESIGN 代表取締役社長

1961年東京都出身。1985年多摩美術大学卒業後、株式会社博報堂入社。2003年に株式会社HAKUHODO DESIGNを設立し、数多くの企業・商品等のブランディング、VIデザイン、プロジェクトデザインを手掛けている。2007年「+design プロジェクト」を立ち上げ、デザインを通じたソーシャル領域での活躍も幅広い。国内外受賞歴多数。多摩美術大学美術学部統合デザイン学科教授。放課後NPOアフタースクールのロゴをデザイン。

聞き手
平岩 国泰放課後NPOアフタースクール 代表理事

プラモデルをほめてくれた
図工の先生

平岩永井さんはどんな子ども時代でいらしたんですか?

永井ぼくが生まれ育ったところは都心のビル街です。近くに野山も公園もなく、ビルの屋上に少しだけ遊び場がある、というような環境で育ちました。小学生になってからはプラモデルが好きになって、よく作って遊んでいました。3年生くらいの時に、家でつくったプラモデルを学校に持っていったら図工の先生がとてもほめてくれたのをよく覚えています。

平岩どんなものを作ったんですか?

永井自分でオリジナルのプラモデルを作ったんです。車のおもちゃについていたモーターを使って、羽がパタパタ動くような仕組みを作って持っていったら、図工の先生が「これは面白いね。なかなかこんなモーターなんて上級生じゃないと使えないんだよ」とほめてくれました。たぶん先生にしてみたらちょっとほめただけだったと思うんですが、強く心に残っています。

平岩小さい頃から物作りがお好きだったんですね。永井さんはお父様も同業でいらっしゃいますが、デザイナーになった経緯には、育った環境も影響しているんでしょうか。

永井父は家でも仕事をしていたので、傍で見ながら「何か楽しいことをしているな」という印象はあったと思います。ただ、小学校から高校生になるくらいまでは、デザインそのものに対する関心はあまりなかったんです。大学進学を考える頃に改めて「自分の好きだったことって何だったかな」と思った時に、クリエイティブやデザインの世界が目に入ってきました。その背景には、仕事をしている父の姿や、プラモデルをほめてくれた図工の先生の記憶があると思います。

デザインとは
「世の中を少しでも良くすること」

平岩永井さんにとって、デザインとはどんなものでしょうか?

永井デザインという概念は多面的なのですが、本質的なところは、「世の中を少しでも良くすること」にあります。ですから、デザインは人が生きていくこと全部に関わってくると思っています。

平岩そういう風に伺うと、すべての子どもたちにデザインの概念や考え方を持ってほしいと思うんですが、「世の中を良くする」という感覚をもっと子どもたちに持ってほしいと思います。

永井「社会」という大きなかたまりで捉える前に、自分の身近にあることを良くしていこう、とか、これはおかしいと思うことを変えていこう、というのもデザインの一歩だと思います。

平岩確かにそう思うと、デザインの始まりである「自分で動いて身の回りを良くする」という経験は極めて重要ですね。一方で、学校でも家庭でも、もしかしたら放課後でも、子どもたちが自分で決めるのではなく、大人が決めてしまうことが多いのは問題かもしれません。昨今ますますそうなっているようにも見えます。

永井そうなると、自分が作用することで社会が動く、という感覚が持ちにくいでしょうね。

数年前、デンマークに教育視察に行ったんですが、その中で自由高校という学校を見ました。自由高校ではいろいろなことを生徒が決めるんです。教師もいますが、立ち位置としてはチューターみたいな感じです。ぼくが視察した時には、校長を決める話し合いをしていました。生徒が新聞で募集をかけて、候補者にプレゼンテーションをさせ、選ぶ相談をしていたんです。さすがですよね。北欧の教育はすごいから取り入れたい、などと表面的なところだけ真似をするわけにはいかない。「民主主義社会を構成するメンバーを育てる」という明確な方針のもとに、子どもたちの自主性と責任感を育む教育が行われていると感じました。

平岩まずは、たとえ小さなことでも自分が動くことで何かが動いた、という経験が出来ることが大事ですよね。学校でも、家庭でも、放課後でも。そこは放課後NPOアフタースクールが頑張らないといけないところだと思います。

実は生まれた地域が近く、子ども時代の話も盛り上がる2人

社会課題を
シンプルでクリアに解く体験を

永井放課後NPOアフタースクールと出会ったきっかけは、グッドデザイン賞でしたね。1年間を通じて子ども達が家を建てるというプロジェクトでエントリーされていました。子ども達がいろんなプランやアイディアを出して、最後は大工さんも加わって家を作る。子ども達がつくった家の写真を見て、これはすごく面白いな、と直感的に思いました。

平岩ぼくたちの展示をご覧になった永井さんが、「私の選んだ一品」に選んでくださったんですよね。あれは嬉しかったです。

永井授賞式の時だったか、平岩さんが「プロの大工さんが金槌を打った瞬間に、子どもの目の色が変わった」というお話をされていたのを覚えています。そういうことを見逃さずに「それが良かった」とおっしゃる感性が素晴らしいなと思いました。その棟梁の姿と子どもの眼差しが目に浮かびました。

平岩その時に「どうして選んでいただいたんですか?」とお尋ねしたら、永井さんが「複雑な社会問題をシンプルでクリアに解くのがグッドデザインなんですよ」とおっしゃったんです。子ども、保護者、地域の問題が本当に複雑に絡み合っている社会問題を、「子ども達が地域の大人と家を建てる」というすごくシンプルでクリアな方法で解いていくのがいいんだ、と。そのことは強く心に残っています。子ども達にも、課題に行き当たった時に「じゃあ、どうしようか」と考えられるように育っていってほしいと思っています。

永井子どもが自分の力で何か世の中に働きかけて、それで世の中を変えていける体験ができるのが放課後NPOアフタースクールだと思っています。ぜひ頑張ってほしいです。

平岩子どもが動けば周りの大人を巻き込みます。プラスチックの海洋流出が問題だと知れば、「じゃあ歯ブラシ集めようか」と子どもたちがやり出します。大人たちも「子どもたちがやっているならやるか」と動き出す。そうなれば本当に世の中を変えていくことができますし、その経験を持って大きくなった子達は、またそうやって動いて、どんどん世の中を良くしていってくれると思っています。

ちなみに、初めてグッドデザイン賞をいただいて「お礼にお伺いしたい」と申し上げて、その場でお礼に加えて、放課後NPOのロゴ制作を「ご褒美に!」とお願いしてしまいました(笑)。あの時はどうしてあんな勇気が出たのか、今でも厚かましすぎてお恥ずかしいですが、おかげ様で10周年の今でも大事に使わせていただいているロゴです。

永井それは良かったです。10年経って、組織はずいぶん大きくなりましたが、平岩さんは本当に1ミリもブレてないですね(笑)。

好きだと思えることを続けていく

平岩ところで永井さんは、どういう人に会社に入ってきてもらいたいと思いますか。

永井「感性を持って何かに向き合い、自分で動き出せる」ということがデザイナーには求められます。気持ちだけではなく技術や知識も必要です。技術や知識は経験が生んでいくものだと思うので、経験を積む機会にどんどんぶつかっていって、めげずに乗り越えていけることも必要だと思っています。

というのも、デザインの仕事には「同じもの」はなく、常に変化しています。ひとつひとつ真剣に向き合って、「これって何なんだろう」と考えながら形にしていくので、まったく新しい仕事をそのつどやっている感じです。

平岩毎回新しい仕事に向き合うことは、辛くはないですか?

永井辛くないです。それは、この仕事が好きだからだと思います。しかし、その「好き」というのも最初から強く思っていたわけではありません。「まぁここかなあ」というような感じで就職して、仕事に奥行きのようなものを感じられてだんだん好きになってきた。もうちょっとやってみようかな、と思って続けてきて今に至る、という感じです。

いちばん大事なのは、続けることだと思います。嫌なことだと続きませんから、苦にならないことや好きだと思えることを続けていくことです。ぼくがデザインの仕事を本当に好きだと思えるようになったのは20代後半ですし、自分がこれに一生捧げていいんだなと思えるようになったのは、30代後半くらいです。だから、今の子ども達が将来の夢について焦る必要は何もないと思います。

これからもお互いの場所で、世の中のために

困難を通じて
本当の「好き」が見えてくる

永井僕自身の経験でも、高校生ぐらいまではデザインに対してそんなに関心がありませんでした。触れていなかった時期が長かったからこそ、興味を持った時にどんどん吸収していった、という部分もあると思うんです。物事にいつ出会うかというのは大事だと思います。だからこそ、その時々で自分の興味があるものに没頭していけば十分なんだと思います。夢や職業選択はその先のことです。

平岩放課後は、いろんな人と出会ったり、好きになれそうな種と出会う時間なのかもしれません。

永井もうひとつ言うと、会社に入ってからはかなり忙しく、ハードな環境だったんです。でも、そこで追い詰められたからこそ、本当の「好き」を見つけられたとも思っています。もちろん過酷な環境の下で辛い思いだけをするという場合もあるのでこれは難しいんですが。ただ、どんな時も状況に飲まれるだけでなく、「これって自分にとってどんな意味があるんだろう」と意識する芯のようなものは持っていた方が、深められるのではないかと思っています。

平岩放課後の家作りでも、一年かけてやっていると途中でどんどん脱落していきます。来る日も来る日も釘を打つだけ、というような相当繰り返しの作業なので、飽きてしまう。でも残ったうちの何人かは「絶対将来家に関わる仕事をするんだ」って言い切っているんです。「お家づくりごっこ」みたいなことを1日やったくらいでは分からない「好き」が、本物の厳しいことをやり続けるからこそあぶり出されてくるのだと思います。

永井そういうことを子どものうちに経験できるというのは大きいですね。そうやって大変な道を通る経験もしながら、「好き」の種を見つけていってほしいと思います。

平岩「社会を変えるために、自分の身の回りを少しでも動かす経験をする」、「好きに没頭する時間をゆっくりと持つ」、いずれも放課後の大事なキーワードだと思います。これからもますます頑張ります。本日は本当にありがとうございました。