Interview

私×放課後

No.03

Update : 2019.6.10

Seiji Yasubuchi 安渕聖司 アクサ生命保険株式会社 代表取締役社長兼CEO

「大人の役割は
“教える”ことではない」

何かを教えるのではなく、
子どもたちの個性とか才能を引き出すのが
本来の教育のあり方なんですよね。
加えて、社会にはいろんな職業があって
成り立っている
ということを伝えるのも
教育の大事な側面だと思います。

安渕聖司Seiji Yasubuchiアクサ生命保険株式会社 代表取締役社長兼CEO

兵庫県出身。1979年早稲田大学政治経済学部卒業後、三菱商事入社。90年ハーバード大院修了。日本GE、ビザ・ワールドワイド・ジャパン等数々の企業で要職を務め、現在に至る。企業で培ったノウハウを活かした社会起業家支援や活動支援を通し、幅広く社会課題解決に取り組んでいる。

聞き手
柏木可奈子放課後NPOアフタースクール 本部マネジャー

子どもの「やりたい」を尊重すると、
子育てはうまくいく

柏木安渕さんは子ども時代、放課後をどんな風に過ごされていましたか。

安渕塾に行くこともなく、ランドセルを投げて遊びに行ったら帰ってこない、という小学校生活を送っていましたね。出身の神戸市は当時、田舎ではないけれど自然が残っていたので、池とか川で魚を釣ったり、近所の空き地で野球をしたりしていました。

柏木私はピアノ、書道、バレエを習っていたんですけど、遊んでからピアノに行って、終わったらまた遊んで。社宅だったので、敷地内にだれかいるという恵まれた環境だったと思います。習いごとはどれも自分がやりたいと言って始めたんですが、やりたいものをやらせてくれた両親に感謝しています。

安渕私も自分の子どもを育てる時、やりたいことをやらせてあげるというのを一番大事にしていました。子どもが小1の時はアメリカにいて、家から学校まで遠かったので車で送っていたんです。そしたら「友だちと遊べないから学校の近くに住みたい」と。「いいんじゃないの」と私は言って、学校に歩いて行けるところに引っ越しました。

小2で帰国した後も、2年間アメリカンスクールに通った後、小4で地元の小学校に戻ったんですが、入った塾が気に入らなかったようで「やめたい」と言うから「やめていいよ」と。小学校時代は好きなだけ遊びなさいというと、それこそ目一杯遊んだ後、中学になると今度は急に塾に行きたいと言い出したんです。人間って、自主的に何か「やりたい」と言えるように育ててあげる方がうまくいくんだなと思いましたね。

それは経営者になってからも同じですね。社員が「こんなことやりたいんです」と言ってきたら、「やってみたら」と言うようにしています。それがいずれ、一人一人のリーダーシップにつながっていくと感じています。

柏木アフタースクールに関わっていると、やって来た子どもたちが「何をしようかな、だれと遊ぼうかな」と自分で考えていると感じます。子どもたちが好奇心を持って自己決定をしているなと思うので、そういう場を作れているという点で、アフタースクールはとても意義ある場だなと思います。

大人の役割は
“教える”ことではない

柏木お子さんが小学校2年生まで海外の小学校にいたとのことですが、日本と海外の教育の違いはどのあたりに感じましたか。

安渕子どもが幼稚園時代を過ごしたイギリスは、とても規律が厳しかったですね。姿勢も直されるし、いわゆるエリート教育でした。同級生の親御さんも、法廷弁護士とか、なんだか日頃会わないような人たちで。すごいなと思ったのは、教員の社会的地位がとても高くて、地域でも尊敬されていた点ですね。ところがアメリカでは急に自由表現の国になって。宿題も全然なくて、イギリスとはまったく違いました。

柏木私は学生時代にニュージーランドに短期留学していましたが、その時に小学校の先生が「私は教える人じゃない。ファシリテーターで、学びを支援する人」と言っていたことが印象に残っています。

安渕何かを教えるのではなく、子どもたちの個性とか才能を引き出すのが本来の教育のあり方なんですよね。加えて、社会はいろんな職業があって成り立っているということ伝えるのも教育の大事な側面だと思います。そこでもアフタースクールの存在意義が大いにあると思います。

アフタースクールで、料理人の市民先生との出会いを通して大きく変わった「一番弟子」のお子さんの話があるじゃないですか。そんな風に、いろいろな大人に出会うこと、そして大人がいくつになっても未来を語っていることが、何より大事なんじゃないかなと思います。

みんな違うのが当たり前
多様性のある居場所を作ってほしい

柏木これからの日本は、どのような教育現場を目指していったらいいでしょうか。

安渕私はぜひ、日本に多様性のある学校や居場所を作ってほしいと思っています。私のいう多様性とは、外国人だけではなくて、障がいのある人も一緒に勉強する場です。障がいのあるなしも個性の一つですから、いろんな人がいる場を教育が提供して、いろんな人たちがいるのが当たり前になるといいなと思っています。

私の母は身体障がい者施設の支援をしていたので、いつも身体障がいのある方が我が家に出入りしていたんです。そういう人たちが日常生活にいたことが、とても豊かな経験で、自分の人生においてとても役に立っていると思います。

柏木私も多様性に触れられる環境は大事だと実感しています。そういう世界が当たり前になるといいですよね。

そして、アフタースクールのプログラムを通していろいろな人と出会ったり、興味を持ってもらえたらいいなと思いますね。さまざまなことに挑戦して、「これが好き」「これできそう」とか、自分自身のことをよく知ることができると、どんなことに対してもポジティブになれると思いますし、将来どんな道に進んでも、きっとハッピーに生きていけるんじゃないかと思います。

気さくでユーモア溢れるお話がいつも周囲を明るくしてくれます。

アフタースクールは
女性の活躍支援にもつながっている

柏木安渕さんは、女性の活躍支援にもかなり力を入れていらっしゃいますが、女性の活躍と子どもの放課後の居場所のあり方について、どう考えていらっしゃいますか。

安渕そもそも、仕事において、女性と男性で分けること自体がとても人工的なものですよね。今、ようやく普通の状態に戻りつつあり、女性の活躍が当たり前になって来ていますが、世界的にいうと、女性が活躍するためにはまず、継続的な教育を支援することが必要です。バングラディシュにあるアジア女子大学は、経済的・社会的・宗教的・政治的に恵まれない女性に全額給付の奨学金を出していますが、それくらい女性が教育を受け、活躍することの波及効果は大きいです。

そしてアフタースクールのような放課後の居場所が増えていくと、女性が活躍しやすくなるのはもちろんですが、参加している子どもたちやスタッフにまず、女性が活躍する社会への理解が生まれます。さらに、外部の人がどんどん活動に参加していくことで、そこから地域へも理解を広げていけると思うんです。それは社会全体が良くなっていく構図だと思いますし、放課後の位置付けがもっともっと上がっていくと思います。

柏木初等科にアフタースクールを作った歴史ある女子大の校長先生も「社会で活躍する卒業生のお子様が入学してくるのに、放課後の居場所がないと活躍できないでしょ」と言っていました。安渕さんがおっしゃったように、放課後の居場所に対する社会の理解を広げていくことは、とても大切なことだと感じています。

企業×放課後が生み出す
新しい価値
これからの企業に求められるもの

安渕アメリカでは、カブームといって貧困な地域に公園を作るNPO法人のプロジェクトがあります。企業がポンとお金を出して公園を作るのではなく、どのエリアでも地域の人たちが委員会を作り、責任を持ってやるという前提で作っているんです。それを企業が支援する、という仕組みです。

普通のCSR(企業の社会的責任)の取り組みだとなかなか長続きしないんですが、企業とコミュニティが一体となって地元を良くし、教育を良くしていく方法をとると、そこで育った人材がいずれ地元やその企業に貢献していく。そういう意味で教育は一番リターンの高い、一番の長期的投資であると思います。アフタースクールは地域に深く入り込んでいるので、今後、企業との連携もさらに進めていってほしいですね。

平岩さんと出会ってからずいぶん経ちますが、本当に社会へのインパクトがだいぶ広がってきていると思います。これからはさらに、インパクトを10倍にしていけるといいですよね。アフタースクールをやっている意味をあらためて伝えていくこと、そして子どもが自己肯定感や自己効力感を持つことがなぜ良いのか、ということを伝えていってほしいと思います。

柏木ハードを整えるだけではなく、アフタースクールで育った子どもたちが将来、ここで経験したことを思い出せるような、もっともっと子ども主導の中身にしていきたいなと思っています。自分のことだけではなく、みんなのことを考えて、どう決めるか。そういうことをこれからも大事にしていきたいです。