放課後を子どもたちの
手に取り戻したい
昔の日本は、地域が放課後の居場所でした。子どもたちは、地域の人の目がある公園や路地で自由にのびのびと遊んでいて、子どもが地域で育つ、世界でも珍しい国でした。その地域の絆が薄くなって、安全な場所でなくなった時、子どもたちは放課後の居場所を失いました。同時に、親が仕事と子育てを両立することも難しくなっていったんです。
失われた居場所と、過ごし方の選択肢を子どもたちの手に取り戻し、理想のアフタースクールをつくりたいーー。その一心で、これまでの10年間を歩み続けてきました。
私たちのアフタースクールの定義は、学校にあって、いつでもだれでも来ることができて、豊かな経験や技術を持った市民先生がいること。そして地域とつながり、社会のみんなで子育てをする創造力豊かな空間であることです。1校に1つずつあれば、子どもたちは安全なアフタースクールを拠点にしながら、公園にも行けるし、習いごとにも行ける。「放課後の子どもたちのベースキャンプ」になり得るんです。
この10年で学校を活用したアフタースクールを20校開校しました。次の10年は、協働してくれる人たちや団体を全国に見つけ、モデルとして広げていていきたいと思っています。
30歳、ライフワークを探していた
娘が生まれ、放課後のリアルに
気がついた
流通の会社で働いていた私が放課後に関心を持ったのは2004年、娘が生まれた時です。ちょうど子どもの連れ去り事件が相次いで、人ごとじゃないなと。ある時、事件が午後3〜6時の放課後の時間に集中していることに気づきました。それで周囲の地域を見てみると、平日の公園には子どもがほとんどいない。「放課後は危ない」「外にいるとますます危ない」と思われているのです。
かと思えば、会社帰りの22時ごろには、塾帰りの小学生が電車で騒いでいる姿をよく見かけました。彼らの唯一の遊び場がここなんだな、と思うとちょっとかわいそうになりました。
一方で、30歳になった自分はライフワークとなるものを探していました。どうせやるなら、何か人の役に立つことがしたいなと。そんな時、友人がアメリカで見てきたアフタースクールの話をしてくれたんです。地域の治安が必ずしも良くないアメリカでは、アフタースクールが社会インフラ化し、放課後の課題解決を図っていると。そんな話をたまたま聞いたらもう、自分の頭の中で運命の出会いだと感じました。実際に始めるまでは悩みましたが、課題を目の当たりにして、打ち手も見えて、「それでも見過ごす」という自分でいたくないと思って、2005年に動き始めました。
最初は面白いくらい苦労しました。はじめに市民先生を探し、60代の和食の料理人の方がすぐに賛同してくれたのですが、「学校で開催したい」と地域の小学校に相談したら見事に断られました。お恥ずかしい限りですが、不審者扱いのような対応でした。なので、最初は公民館でやることにしました。場所は決まったのですが、今度は子どもが全く集まりません。チラシを作っても、学校で配れないし、児童館などに置いていただいてもだれも手にとってくれません。開催前日になって賛同してくれた民生委員の方が地域の小学生を4名集めてくれて、なんとか第一回目を開催することができました。
「君がいないと困る」
市民先生の一言が、
一人の少年と親を変えた
初めての公民館アフタースクールで和食のプログラムをやっている時に、これは意義のある活動だと確信した出来事がありました。それは、一人の少年と家族の大きな変化です。その少年はちょっと気の弱いところがあり、運動も勉強もあまり得意ではないようで、最初は元気がありませんでした。参加した小学生の中で最年長だったので、和食の先生には“一番弟子”と呼ばれていたんですが、ある時、アフタースクールにやってきた彼に先生が言いました。
「おう、一番弟子が来たな。君がいないと困るんだ」
「君がいないと困る」って、大人でもしびれる言葉ですよね。彼にとって、身も心も居場所ができたわけです。そこから彼は先生を尊敬し、お家でも料理をするようになった。すると家族に褒められるし、家族の笑顔も増えていく。どんどん彼は元気になり、変わっていったんです。
後日、お母様からもらった手紙にこんなことが書いてありました。「不器用で自信を失っていた息子は、先生に信頼されて嬉しかったそうです。息子のできる面を私も気づくことができました」と。この子の成長が、アフタースクールの活動の意義を私に確信させてくれました。この10年思えばずっと、大きく成長した彼の姿を思い描き、追いかけてきたような気がします。
子どものいいところを見つけ、認めて育てていくのは子育てにおいて絶対的な王道です。でも、わかっていても、それを親と学校の先生だけでやるのはなかなか難しい。だからこそ、第三者である地域や社会も巻き込んで、様々な目で子どもを見てあげて、色々ないいところを見つけてあげられたらと思います。「どの子にも絶対にいいところがある」と私たちは固く信じています。そして子どもたちはそのいいところに気づいていないことも多々あります。いいところ見つけて褒めて一緒に成長を喜べば、子どもたちの自己肯定感は間違いなくしっかりしていきますから。
子どもは地域のパワースポット
アフタースクールは、
学校と社会のつなぎ役
公民館でスタートした私たちも、そこでの活動で信頼感を得て、3年目には、学校での活動が始まりました。そこではなんと、1年間かけて子どもたちと本物の家づくりに取り組みました。
子どもたちって、本当にやりたいことができると、大人が仕切らなくても自然にまとまり出します。危なっかしい1年生の面倒を6年生が見てくれたり、途中で挫折する子が出ても高学年の子がリードしてくれたり。だからこそ、子どもたちが「やりたい!」と思うことを作るのが重要だなと実感しました。地域の建築家さんや大工さんが参加してくれたり、近所の人が木材を安く出してくれたりして、子どもがやりたいと思えば地域の大人が集まってくるんだ、ということも学びました。子どもって地域の起爆剤というか、存在自体がパワースポットなんだと思います。
あるアフタースクールでは、商店街という大事な地域資源を生かした活動もしています。子どもたちが商店街で仕入れから販売までの一連の活動を通して、商店街の人たちとつながり、地域で挨拶も生まれます。昔は自然に地域と子どもがつながっていましたが、いまはなかなか難しいです。でも、つなぎ役さえいればしっかりつながることができると思います。「地域で子どもを育てる」のは日本人のDNAだと感じます。
これからの時代はますます社会と学校が一つになっていくと思います。その時には地域をコーディネートする存在が必要になりますが、それこそが我々の最も得意とするところだと思っています。アフタースクールを窓口に地域が学校を支え始めて、結果的に放課後だけじゃなくて授業もお手伝いするなど、だんだんシームレスになっていっています。学校の先生もティ−チャーの役割だけでなく、コーディネーターやファシリテーターの要素も必要になってくると思いますし、そのお手伝いをアフタースクールでも積極的にしていきたいです。
さらに私たちは、企業と子どもたちとの窓口でもあると思っています。企業も「次世代のために何かしたいという」気持ちをもっていますが、どうやって実現したらいいかは分からない。そこでその思いを形に出来るのが私たちのような存在です。私たちは企業の方々が持っている資源を子どもたちの魅力的な教育プログラムとして企画、実行できます。日本中の企業が次世代育成に何かしら取り組んでいるような世の中を夢見ています。
全国にアフタースクールが
あってほしいから、
どんどんノウハウをコピーして、
広げていってほしい
最近では、日本中の各地からの視察やアフタースクールを開校してほしいという依頼も増えました。一律に同じような支店として全国に作るのも一つのやり方だとは思いますが、「子どもたちが何をやりたいのか」を起点にしながら、地域の資源を生かし、その場所らしいアフタースクールを育てていくことこそが、私たちらしい進化の仕方だと思っています。
そのためにも、次の10年は、自分たちでアフタースクールを運営するだけではなく、人を育て、人にやっていただくというフェーズに移っていきたいです。Uターンを目標に東京で一定期間学んでいただくとか、行政の方にも研修として来ていただきノウハウを持って帰っていただくとか、そんな機会を用意できたら嬉しいと思っています。「子どもたちのために」という共通の魂を持ち、一律なマニュアルではなくノウハウを提供して、それぞれの地域で想いのある人が自分たちらしいアフタースクールを作ってくれればと思います。「アフタースクール、全国で!」。ぜひ日本各地に広がってくれることを願っています。
これからAIの時代になればなるほど、人間らしさが大事になると思います。そうなると、決められたことは機械がやってくれるので、新しいものを作る力や人と協働する力が大事になってきます。そういう意味ではすごく人間らしい楽しい時代に向かっていると思います。その時に重要なのがまさに「放課後の時間」です。みんな一律ではなく多様でいい。チャイムがないので没頭していい。異学年や大人と柔軟な人間関係を築いていい。遊んでもいいし学んでもいい。やらされるのではなく自分でやるのがいい。そんな放課後の良さがますます生きる時代になります。子どもたちがもっと自由で、もっとクリエイティブになるように、明るく面白い未来をアフタースクールから描いていきたいと思っています。「子どもたちの、子どもたちによる、子どもたちのための放課後」これからも作っていきたいと願っています。
一人ひとりのいいところを見つけ、成長を一緒に喜べる放課後を、みんなで。