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【学び】青山の歴史、梅窓院

こんにちは!

アフタースクール30号です。

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2日に、港区の赤坂・青山子ども中高生共育事業にて、
港区にある梅窓院に、港区にある小学校の子どもたち5名と一緒に行ってきました。


梅窓院の本堂にて、梅窓院の方のお話を聞きました。
今回は、青山家と梅窓院との関係性や地域の歴史について説明してくださいました。

青山家というのは、
徳川家康が三河の国(愛知県)の大名であったときからの家臣です。
城下町としての江戸が生まれるときに、初代の江戸町奉行として大きな役割を果たしました。

お話を聞いて分かったのは、
青山という地名が使われる前は、
原という地名が使われていて、
原宿というのはその名残であること、
今の青山の地名は、大名の青山家の姓から生まれ、
青山さんの屋敷がある場所(あった場所)」を青山というようになったということ、
梅窓院は、青山家の亡くなった方をまつるために1643年に建てられ、
その後40年ほどすると、だんだん一般の方も葬られるようになった、
梅窓院も青山家の屋敷地に建てられたお寺であるということです。

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また、港区の姉妹都市である岐阜県郡上市との歴史的な関連や
梅窓院が建
てられた歴史なども説明してくださいました!

歴史的な内容で、ところどころ難しい部分もあったと思いますが、
子どもたちも最初から最後まで熱心に聴いていて、とても偉かったです!

私自身も、周辺地域と梅窓院さんとの昔からの関係性などを知ることができて
とても勉強になりました。

今の原宿の名前の由来など、
私たちの身近な
周辺地域のちょっとした歴史を絡めてお話してくだ
さったので、興味深かったです!

梅窓院さん、どうもありがとうございました!

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