特定非営利活動法人 放課後NPOアフタースクール

私たち「放課後NPOアフタースクール」について

スタッフ・インターン・運営ボランティア紹介

チームスローガン『部活の雰囲気、プロの仕事』

放課後NPOアフタースクールのスタッフ、インターン、運営ボランティアを紹介します。

スタッフ・インターン・運営ボランティア紹介

スタッフ

  • 平岩 国泰

    代表理事

    平岩 国泰(ひらいわ・くにやす)

    みんな絶対にいいところがある、アフタースクールで一緒に探そう

    1974年生まれ。水瓶座O型。1996年丸井に入社。時代を先取りした敏腕ファッションバイヤーを目指すも、経営企画・人事などの裏方に配属され、表舞台には出られず。。30歳で娘を授かり、我が子やお友達への人生をかけたギフトを求め、アフタースクールにたどり着く。「パパは子どもが好きだから、子どものための会社を作ったんでしょう?」と幼い娘に言われたのが、最高の褒め言葉でした。

    放課後の思い出

    放課後は何と言っても野球でした。公園・神社・空き地、どこでも結構出来た時代でした。小学生はリトルリーグに、中学・高校は野球部、大学では母校中学校の野球部コーチをしました。「野球部のように、高い目標立てて、熱い仲間と仕事がしたい」というのが、NPOを生業にした原点だと思います。

  • 織畑 研

    副代表

    織畑 研(おりはた・けん)

    体験なくして学びなし。放課後にいろいろな体験を!

    1976年生まれ、1児の父。A型(疑惑あり)。中学高校と野球部一筋。コテコテの体育会。慶應大学在学時、母校である中学にてボランティアで野球部コーチをしたのがきっかけで教育に興味を持つ。その当時悟ったのが「教えないことが教育」。大学卒業後、一般企業に就職。富士通ではやぶさの打ち上げ等に関わる。その後独立、フリーターに。学童でバイト、NPOで修業をしながら「放課後専門家」を目指す。現在晴れて放課後NPO専任、放課後専門家として活動中。

    放課後の思い出

    外で遊ぶのが大好きだったので、空き地や校庭でいつも野球をしていた。5時だ帰ろうのチャイムが鳴り終わる前に家につかないとすごく怒られた。一方で将棋も大好きで、一時期研究に没頭していた。指す時の「パチッ」という音が好きだったなぁ。

  • 島村 友紀

    島村 友紀(しまむら・ゆき)

    すべての子どもたちに楽しく幸せな時間を。

    2児の母。大学卒業後、ベネッセコーポレーション、野村総合研究所を経て2016年NPO入職。入社3年目で保育園の立ち上げを担当したことが大きな契機となって、子ども達が集まる場を作り上げる仕事が大好きになる。
    娘、息子と過ごす毎日の中で、もっともっと子ども達が思いっきり遊べる時間と場所を作ってあげたい、地域・社会を巻き込みたいと思っていたところに放課後NPOと出会い、飛び込みました。

    放課後の思い出

    水泳に陸上にバスケ、と様々な課外活動に参加していつも真っ黒に日焼けしていました。(当時痩せていたのもあって、「ごぼう」と呼ばれたこともある)
    あとは夕暮れ時、オレンジ色に染まる図書室で一人本を読み、物語の世界に浸った時間も思い出深いひとときです。

  • 押塚 岳大

    押塚 岳大(おしづか・たけひろ)

    子どもたちに毎日ココロの冒険を!

    1975年生まれ。乙女座B型。タワーレコードでジャズ・バイヤーの十数年務める経歴をへて、2013年NPOに入職。二人の男児の父。長男の子育てや、次男が障害を持って生まれた事などから、子どもたちの学びや成長に地域の力が不可欠である事を強く感じていた時に『子どもたちの放課後を救え!』に出会い、2011年NPOのボランティア活動に参加したことが入職のきっかけ。好きなこと、放課後(ジャズは大人の放課後の愉しみ)のことしか仕事にしていないという事実に最近気づく。

    放課後の思い出

    空き地で虫とり、空き地での遊び。公園も好きだったけど、カマキリやカナヘビを探し、宝物のような謎の物体も落ちている空き地が大好きで、チャリンコに乗って、未開の空き地をいつも探していました。

  • 秋山 千草

    秋山 千草(あきやま・ちぐさ)

    子どもたちの放課後に多様な体験と出会いを!

    O型。様々な人・外国文化(主にアフリカ)に出会って生きていく中で、小さな頃から多様性にふれる重要さを感じる。それをこれからの子どもたちにも伝えたい!と思う中で放課後の可能性に気づく。その後、卒論で「放課後の子どもたちの過ごし方」について書き、放課後NPOアフタースクールに出会い、「私のやりたいことはまさにこれだ!」と思い活動に参加。ボランティア・インターン期間を経て、何度も企業への就職を勧められたけど、諦めずに意思を伝えた結果、なんとか了承を得て、2012年スタッフの一員に!

    放課後の思い出

    毎日、自然とみんなで校庭に集まって遊ぶ日々。そしてたまに近くに冒険し、ちょっとリスキーな経験もする。鍵っ子時代のハプニングもありつつ、瞬間的にロアルドダールの本にはまったり、バスケに明け暮れたり、そのときその時を楽しんでいた放課後でした!

  • 時田 弥和

    時田 弥和(ときた・みわ)

    やってみる。経験して、感じて、見つけて。

    牡牛座・A型。公立中学で社会科講師を務め、その後藤沢市の児童クラブでクラブ長に。30歳を機に海外留学を経て、小学校で英語を教えようと帰国すると、上海で日本人幼稚園のたちあげを頼まれ中国へ。日本に戻り現場で困らない教師を育てようと専門学校で教員するが、子どもたちと一緒に過ごす現場が恋しくなり縁あってNPOに。今の子はゲームばかり・・・といわれますが、様々な体験を通して子どもたちの世界を広げていきたいです。

    放課後の思い出

    近所の公園に行けば子どもがたくさんいた時代なので、毎日のようにドッジボールやドロ警をしていました。自分たちだけの秘密基地を作りたくても空き地がどんどん減り、豪邸の庭の隅に勝手に入って基地を作っていました。(豪邸すぎて気づかれない)

  • 東 剛士

    東 剛士(ひがし・たけし)

    放課後に関わるすべての人の可能性を広げる!

    1980年生まれ。蠍座O型。学習塾に12年勤め、新ブランドや新教室の立ち上げ業務を中心に担当。「子どもに学んでほしいことは机に向かって問題を解くことだけではない」と強く感じ転職を決意。興味のあることを好きなだけ学べ本物に触れられる多様なプログラム、家庭の強い味方となる預かり、「社会で子どもたちを育てる」という姿勢に惹かれ当団体に入職。放課後には、すべての世代・地域が関わり合い、社会が元気になる可能性が秘められていると信じて日々奮闘中。

    放課後の思い出

    放課後は空き地や公園、山などへ友達と自転車で走り回る日々でした。道具を使った遊びで特に思い出深いものは「けん玉」や「ベーゴマ」、「めんこ」。最近第三次ブームが訪れている「ミニ四駆」にも夢中になりました。

  • 藤原 潤子

    藤原 潤子(ふじわら・じゅんこ)

    子どもたちを受け止め、伸ばす、そんな“居場所”をつくりたい

    山羊座のB型。リクルートにて5年間求人広告営業、後輩育成を担当後、2014年入職。大学時代に学童保育でアルバイトをし、子どもたちを受け止める存在・場所の重要性を体感する。まず子どもを育てている大人を知ろうと考え働いていたが、5年目となり、「このまま死んだら絶対後悔する」と思い、退職を決意。より子どもの近くで働くために探して出会ったのがココ。見つけた瞬間、自分の想い&考えとあまりに合致した活動をしていたために、バスの中で泣く。

    放課後の思い出

    学校や公園で、秘密基地を作っては、家で不要になった鍋など持ち込んで草を切っておままごと。友達は皆、犬や赤ちゃんになりたがったのでいつも私はお母さんかお姉さん役。夜は家で妹とひたすらリカちゃん人形等で物語づくり。その人形の歌まで作ってピアノ演奏。私の想像力は、沢山の本とおままごとにより作られた。

  • 小川 結子

    小川 結子(おがわ・ゆうこ)

    「教える」より子どもたちの「気づく」を大切に。

    三女の母。出産前はIT業界の会社員だったが産休、育休後に同じ仕事を続けることが想像できず、退職。その後長女の小学校入学で放課後の問題に直面し、この社会問題を解決できる団体に魅力を感じ、扉をたたいた。

    放課後の思い出

    小学校から家まで30分ほどかけて、いつも石蹴りしたり冒険して帰っていました。木登りが大好きで自宅のモチノキの上でおやつにしたり、近所の竹やぶに穴を掘って秘密基地を作ったりしました。中学からはテニス部で真っ黒になりながら打ち込みました。

  • 渡部 岳

    渡部 岳(わたなべ・がく)

    夢中な時間は宝物

    1986年生まれ。射手座A型。
    少年時代、「絶対学校の先生にだけはならない!」とよくわからない決意をしていたものの、5人兄弟の長男という立場からかいつのまにか教育を志す。東京学芸大学教育学部を経て、2009年〜2013年東京都で小学校教諭として勤務。その後、地域メディアの立ち上げに関わるフリーター期間を経て、「地域×教育」に自分の道を見つける。2014年アフタースクールに出会い入職。

    放課後の思い出

    自分の家のまわりが遊び場でした。
    坂道やお寺、林や公園…外せないのは川です。飛び込みやザリガニとり、沢登り。特に夢中になったのは釣りです。50cm近くの鯉を釣り上げたときには嬉しい反面デカさに圧倒され引きつった顔の写真が今も残っています。
    「夢中な時間は宝物」が信条です。

  • 有坂 絢子

    有坂 絢子(ありさか・あやこ)

    もっと自由で豊かな学びをすべての子どもたちに。

    ふたご座O型。2児の母。大学卒業後富士通株式会社に入社、その後ベネッセコーポレーションで教育サービスのプロデュースに携わる。夫の海外転勤に伴い渡英。日本との教育に対する考え方の違いを肌で感じ、モンテッソーリ、シュタイナー教育など欧州幼児教育の見聞に勤しむ。帰国後2人目の出産を機に自身の働き方や今後の教育について考えていた頃放課後NPOに出会い入職。

    放課後の思い出

    一輪車にローラースケート、竹馬、ゴム飛び、鬼ごっこ。外で遊ぶのが大好きでした。高学年になって陸上部の放課後練習がはじまるまでは、図書館への入り浸りと半々位で 友だちや妹と日が暮れるまで外でただただ遊んでいました。

  • 岩瀬 伸子

    岩瀬 伸子(いわせ・のぶこ)

    子どもはみんなダイヤの原石

    魚座。たいてい当たらないA型。江戸川区小岩で生まれ、千葉県市川、本八幡、西船、結婚して新検見川‥と、総武線たどって残り4駅。小学校教諭を2×年勤め、早期退職。養護教育センター嘱託の極秘お助けマンを5年終わるとき、縁あって放課後NPOに入職。千葉市コーディネーターという大役を仰せつかり、奮闘中。教室の次は放課後で、社会の宝「原石」磨きに携われる幸せをしみじみ感じる日々です。

    放課後の思い出

    のろまで泣き虫。鬼ごっこもキライ。家で読書やバービー人形の洋服作りをするのが好きでした。極めつけは動かない時計を分解して直すこと!昔のは電池でなくゼンマイだから、心髄からアナログな訳です!習字・そろばん・英語・学習塾に通うのも好きでした。大学時代、水泳部とバイトに明け暮れた頃も充実した放課後だったかな。

  • 石井 眞由子

    石井 眞由子(いしい・まゆこ)

    放課後の「出会い」が人生に素敵な科学反応を起こす!

    水瓶座A型。子供服の販売員をしていた頃、仕事に子育てに一生懸命な職場のママさんスタッフを見て、子育て中の人の役に立つ仕事、そしてもっと子どもたちと関わる仕事がしたい・・・と考えていたところ学校教育とは違う側面から子どもの可能性を引き出すことができる放課後の場に出会う。横浜市の放課後事業に4年間携わり、2016年 放課後NPOに入職。いつも自分の道を照らし導いてくれたのは「人との出会い」。子どもたちにも多様な人と出会って起こる心の化学反応を味わってもらいたいです。

    放課後の思い出

    学校の校庭で男子に混ざってサッカーをしていました。男子からすると「女子が混ざると面白くない…」と正直感じていたのでは?と思うのですが、皆優しく一緒に遊んでくれました。好きな男の子からゴール前でパスをもらった時は嬉しさと「シュートをはずせない」という2つの意味でドキドキしました(笑)

  • 村﨑 理恵

    村﨑 理恵(むらさき・りえ)

    今日のワクワクが明日をもっと楽しくする!

    水瓶座A型。小学4年から始めたバレーボールが大きな影響を与え、バレーボールとともに性格も「なるようになる!」をモットーに、好奇心が先にたち、いろんなことに挑むようになる。スポーツと教育に熱い思いを抱き、大学卒業後、地元茨城県で中学校教諭を務め、小中高すべての教員免許を取得。多感な中学生の成長に小学校での経験が重要との思いで2016年4月、放課後NPOに入職。

    放課後の思い出

    幼いころは探検が大好きな子でした。仲のいい近所の友達と、隣町の公園まで冒険の計画を立て、お弁当をもって一日大冒険に出かけた記憶があります。今思うとこんな近所だったのと思うほどの距離ですが、あの時はとても遠く感じ、ワクワクがとまらかったです。その後は小4から始めたバレーボールに打ち込む日々で、学校が終わったら体育館に直行!スポーツを通してたくさんのことを学びました。

  • 木下 めぐみ

    木下 めぐみ(きのした・めぐみ)

    世界で一番やさしい居場所をつくりたい

    獅子座A型。学生時代にタイで象使いに弟子入りし、自らも象使いとなる。大学卒業後、国内での幼稚園教諭を経てニュージーランドの幼稚園に勤務。その後現地の高校でコーディネートや企画業務に携わる。様々な経験の中で、地域に密着した活動を通した子どもたちの居場所づくりの大切さを実感し、帰国とともに放課後NPOに入職。

    放課後の思い出

    川の近くで育った影響か、水が大好きで、赤ちゃんの頃から高校生までずっと水泳をやっていました。父の転勤によりタイで暮らすことになった時も、水泳のおかげですぐに友だちができ、スポーツは言葉や文化の壁を越えることを肌で実感!背泳ぎの選手だったため、誰よりも雷雲を見つけるのが早く、「もうすぐ雷来るよ!」と仲間に警告する役割を担っていました。

運営ボランティア

  • 石原 勝年

    石原 勝年(いしはら・かつとし)

    放課後活動で日本のこどもを変えていく

    1943年生まれ。山羊座O型。大学卒業後ヤマハ(株)に入社。職歴の大半は、子どもの音楽教室、子どもの英語教室の運営に携わる。定年退職後、日本語教師の資格を取得。都内の日本語学校で通算7年間、外国人に日本語を教える。途中1年間、チェコのプラハで、チェコ人に日本語を教える。将来の日本を良くするには、日本の子どもの教育を変えるしかないと思い、2012年秋より「放課後NPOアフタースクール」の活動に参加。

    放課後の思い出

    毎日、学校から帰ると鞄を投げ出し、日が落ちるまで、友だちと外で遊んでいました。特に好きだったのはコマ回しと、山の中を駆け回ること。山では、木の実を取って食べたり、仕掛けを作って鳥を捕まえたり、木を切って簡単な4輪の台車を作り、それに乗って山の斜面を急降下したりしていました。

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